2009/08/05

【Walking/Trekking】ロンドン、ルツェルン、メンヒヒュッテ、アイガートレイル


マイルを貯めている航空会社がJALなので夏休みの目的地であるスイス(チューリッヒ)直行便がなく今回はロンドン経由となりました。他にもパリ、ミラノ、ローマ経由などもあるのですが、今働いている会社の上司もロンドンにいることですし、1度ロンドンに泊まってもいいかと、1日の滞在・観光をしました。窓からタワーブリッジが見えるホテルだったのでビックベンまで歩き、バーでフィッシュアンドチップスを食べ、翌日は大英博物館の観光です。ロンドンはあいにくの雨で、寒いロンドンの夏を経験することができました。イギリス人はスペインにたくさんの別荘を買いスペインが不動産バブルとなり、今回の世界金融危機大変な様子ですが、この夏の寒さから暖かいところで太陽にあたりたい気持ちも分からない訳ではありません。大英博物館のエジプトのミイラなど無料で展示物が見れますが、剥奪の歴史を感じます。また、直接的にイギリスの階級社会に悩ませれたことはありませんが、街の隅々に社会階級を感じます。ロンドンの雰囲気も分かり、今回の目的のスイスに移ります。


スイスはスイスパス(スイス人は購入できない)という日本の青春18切符のような鉄道パスがあります。特別な登山電車などは別にして大抵の電車でスイスパスが使え便利です。チューリッヒからピラトゥス山の麓のルツェルンまではこのスイスパスで電車移動です。ルツェルンはカペル橋が有名ですが、木造の古い橋にも関わらず、観光客はもちろん、通勤にも利用されているようです。ピラトゥス山にピラトゥス鉄道で登りましたが、残念ながらガスで真っ白。中央スイスからのアイガー、マッターフォルン、モンブランは眺めることはできませんでした。山の天気は変わりやすく翌日の移動の日のピラテゥス山は見事な晴れでしたが、次のインターラーケンに移動です。
インターラケン・オストの駅からヴェンゲンへ行き、そこからロープーウェイでメンリッヒェンへ。このメンリッヒェンからクライネ・シャイデックまでのトレッキングコースは1時間半程度ですが、アイガー北壁は真正面にあり最高の眺め(お勧め)でした。ユングフラウ鉄道の始発駅クライネ・シャイデック駅にはアイガー北壁を登る人のサポーターが泊まる山岳ホテルがあり、今回はこの宿(Bellevue Kleine Scheidegg)ひとつめの拠点にしました。クリント・イーストウッドの「アイガー・サンクション」という映画でもサポーターがこのホテルから望遠鏡で北壁を登るクリント・イーストウッドを見ているシーンがあります。クライネ・シャイデックは標高2000mぐらいで、アイガーはこの駅から2000mプラスし4000mの山です。アイガーは他の山と違い夏でも冬でも真っ黒な山です。垂直のため雪すら積もらず、氷が張り付いている北壁なのです。そこに一箇所「白い蜘蛛」(White Spider)氷が溜まった跡が「蜘蛛」のような場所が頂上付近にあります。そこは最難関と言われ、ここで遭難した登山家、渡部恒明さんと高田光政さんの実話が新田次郎の「アイガー北壁」という短編小説です。「白い蜘蛛」というテーマでアイガー北壁を最初に突破したオーストリアのハインリッヒ・ハラーが著者を出しています。第二次大戦中にインドで英国の捕虜からヒマラヤに逃げ、そこで出会ったダライラマ14世の幼少時代の交流は「セブン・イヤーズ・イン・チベット」という映画にもなりました。

クライネ・シャイデックで山の天気を見ながら3400mのユングフラウヨッホ駅まで電車で行き、メンヒヒュッテまで雪の上を歩きました。メンヒアイガーユングフラウと並ぶ4000m級の山で、その山小屋が3600mぐらいの地点にあります。ヨーロッパの登山は頂上に近い山小屋に一度宿泊し朝早く軽装で頂上を目指し、その日のうちに帰って来るというパターン(アルパインスタイル)多いために、頂上まで4・5時間の地点に拠点となる山小屋があります。メンヒヒュッテはメンヒに登る人たちの山小屋ですが、普通のサラリーマンと思われる人たちがどんどんメンヒヒュッテから頂上からロープを抱え軽装で下山してくる光景が不思議な感じがします。メンヒヒュッテではスープをいただきましたが、隣の人が食べていたパンかジャガイモ、トマトなどにチーズを乗せてオーブンで焼いてあり、オプションで目玉焼きの乗った料理(ゲーゼシュニッテ)がうまそうでした。メニューで確認すると3山にちなんで「アイガー」「メンヒ」「ユングフラウ」という名前でバリエーションがありました。ちなみにアイガー最初の山小屋のミッテルレギ小屋はアイガー東山麓を初登頂した槇有恒さんが寄付したお金(建築費の50%寄付)で建てられたそうです。その後、ミッテルレギ小屋は新しく建て直され、古い小屋はアイガーグレッチャー駅からのアイガー北壁の横にそのまま展示されていました。

次は槇有恒さん以来日本人に馴染みの深いグリンデルヴァルト駅にホテルを移ります。「女王陛下の007」の撮影でも有名になったシルトホルンにも行きましたが、なんと言っても今回はアイガー北壁の裾野をトレッキングする「アイガートレイル」がクライマックス。このコースは最近できたようですが、アイガー北壁のすぐ近くを歩くため、アイガー北壁を登頂している人まで見ることができます。西の3段目の小山の北壁に4名のロッククライマーがよじ登る姿が点のように見えましたが、叫び声とともに上2名、下2名のパーティーで下2名のうちひとつの点が縦から横になりました。あまりに小さな点ですから何があったかは分かりませんが、事故があったのだと思います。その後4人の点は見えなくなり、3時間のアイガートレイルを終わる頃にヘリコプターが西の頂上を含み3段目の小山の壁付近から救出しているような雰囲気。2回黒い点をヘリが運んでいました、、。詳しくは分かりませんが、近くで見るととても人間が登れる壁ではありません。ところが1969年に6名の日本人(加藤滝男、今井通子、加藤保男、根岸知、天野博文、久保進、原勇)がアイガー北壁を最短垂直コースで突破。本当にすごいことですね。アイガートレイルを行い、真近に北壁を見たものしてとても考えることができませんが、日本人ならではのチームワークの成せる技でしょうか。

アイガートレイルは「アルピグレン駅」で終わりですが、アイガー北壁を目指すクライマーの出発駅はここからが多いようです。アルピグレン駅には有名なケーゼシュニッテのお店(Berghaus Alpiglen)があり、アイガートレイルを思い出しながら、眼下のクリンデルワルドを眺めいただいたのですが、チーズたっぷりでおいしかったです。ラクレットチーズとかエメンタールチーズとかグリュエールチーズをうまく混ぜるのでしょうね。

今回の旅でグリンデルヴァルトと日本人登山家は古くからつながりがあり日本人観光客が多くいるということが分かりましたが、さすがに団体旅行なのでトレッキングを行っている最中に日本人に会うことは少ないです。

そしてもうひとつ学んだことがあります。
アルプスでは30年前にクマが絶滅(スイスで最後に確認されたのは1904年という説もある)にしました。アインシュタイン特殊相対性理論の論文を執筆したスイスの首都ベルンクマ公園にしかいません。第二次世界大戦前にベルン州を中心にクマ肉で作るハンバーガー「ベアバーガー」が普及。その後にチェーン展開されスイス全土に拡大。スイス中でクマが乱獲されたそうです。ベルン州の州旗がクマですから相当数のクマが殺されたと思います。おかげでトレッキング中にクマに遭遇ということもないのですが、、。スイスでは両生類の80%が絶滅危惧種(レッドリスト)とか。酪農優先でカエルなども川には住めなくなるのでしょうね。グリュイエールチーズは標高2000m以上の高地の草を食べた牛のミルクからでしか作らないので、森林限界を超えた山々にも牛はいますから、川の水はきれいではありません。東ヨーロッパからクマやオオカミが西ヨーロッパに浸透しているようですが、観光立国スイスにクマが戻ることはなさそうです。
「システム」としては「知床のシステム」の方が上なのでしょうが、自然と経済との共生システムの難しさを感じますね。

グリンデルヴァルトのホテルのTVで偶然「クマバーガー」の歴史を紹介する番組から得た情報ですが、現地に行くといろいろなことが勉強になります。
休暇なのですが、次の仕事に役に立ちそうな情報でした。

最後にアイガー北壁のマッシュルーム(西側の稜線)と呼ばれる岩からBASE Jumpを行った映像で「1800mの垂直の壁」の雰囲気をどうぞ。

※写真はClickで拡大、大英博物館のラムセスⅡ世像、ルツェルンの部屋の窓からのピラトゥス山、池に写る逆さアイガー北壁

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