2014/01/13

【Ski】-16℃の北海道スキーとニシンビジネスとQRコード

 ANAのマイルとマリオットのポイントを利用して1月10日から12日まで北海道へ初スキーに行きました。スキーそのものは2年前の越後湯沢以来。

 新千歳空港に到着し、その足で予約したバスに乗り込みテイネスキー場へ直行。10日は金曜日なので空いていて、天気は雪時々晴れたり曇ったり。しかし頂上付近は気温が-16℃。スキー場の雪はサラサラでキュキュと鳴り、摩擦係数は気温が低いので逆に大きいという感じでした。
             

 写真は太陽が覗いたときのゲレンデの風景ですが、吹雪になると顔が痛くなり、手先、足先が冷たく、長く滑ることはなかなか大変です。これが北海道のスキーだと納得しつつ-16℃を楽しみました。

 夕刻まで滑り、札幌のルネッサンスホテルに着いてから、タクシーでおいしい居酒屋を目的地としてススキノに向かいました。以前の札幌もそうですが、ホテルのフロントやタクシーでたずねるとチェーン展開しているような店を紹介されます。
お薦めは毛ガニの刺身とのことで、せっかくの札幌なので注文。
洗いの水きりが甘いかも。
北海道ならではのタラの生白子。これは美味。
旬のカブ。濃い目の味付け。
イカのワタを醤油に漬け込んだものをソースにして食べるスルメイカ。
味が濃いので酒がすすむ。
縞ホッケでなく本ホッケ。ホッケは大味な魚なので干物が美味しい。

 その他に焼きおにぎりと蕎麦とお酒で14,148円。ホテルに戻ったときに、翌日はススキノに行くのは止めようと、近所を探索しました。ルネッサンスホテルは豊平川を越え、周りには何もありません。コンビニも結構歩くのですが、1件だけ「居酒屋 大将」という店の提灯を見つけました。
 こういう佇まいの店は当たり外れが大きいので、様子を見ようと、そーっと店の前に近づいたら中からおばさんが顔を出し、「空いてますよ」と。とりあえず「明日来ます」と伝えて部屋に戻ったが、空いているとは客がいない、いないというのは美味しくないのでは、、、と思いつつホテルに戻りました。

 翌日は、吹雪の中をキロロスキー場に向かいましたが、ここは-15℃です。

 途中で頂上行きのリフトも止まるほどの強風です。ランチ後に2、3回リフトに乗ったら切り上げて風呂にしました。キロロはホテルの大浴場が500円で解放されているので、冷え切った身体を温めながらのストレッチには最適です。

 さて、ホテルに戻り、おばちゃんと昨日約束したので「居酒屋 大将」に向かいます。

 店に入ると7名ほどしか座れないカウンターに地元のおじいさんとおばあさんが一杯。テーブル席はコートとか手袋が散在し、入り口にはカラオケの機械が鎮座、正面には大きな神棚があり、一瞬引き返そうと思ったような店の雰囲気です。昨日の小奇麗な居酒屋チェーンとは大違い。
 「どうぞ、どうぞ」とテーブルを示されたので引き返すのを諦め座り、お薦めをたずねると、黒板に手書きで一覧されたものとのこと。適当に注文しました。 
 刺身はクジラとしめ鯖を選択。
クジラが美味しく、しめ鯖は客層に合わせ砂糖多め。
肉じゃがは豚肉で薄味。
ぶりカマは塩味で、水分が多く栄養の逃げていない大根おろし付き。
ホッケは半身だが脂の乗りが最高(昨日より格段美味しい)。
焼きそばは玉ねぎたっぷり。

 その後、おにぎりと卵のみそ汁、お酒を合わせて5,580円。外からの雰囲気からは想像できない味とコストパフォーマンス。こういう店はいいですねー。

 3日目は夕刻の飛行機なので、電車で小樽まで観光に向かいましたが、海辺を通過中に吹雪の浜辺でサーファーが波乗りをしているのには驚きました。最初はアシカかと思いましたが人です。
こんなに寒い日に海に入る習慣が続くと、ホッケと同じく脂肪が乗ってふっくらと太るのでしょうね。
 
小樽では昔の懐かしいバスで観光です。小樽は北前船が大阪を出発し、各地の港で物を仕入れ、次の港で売りながら辿りつく最終帰着地です。
 小樽に来てはじめて知ったことが2つあります。

 ひとつは、小林多喜二は北海道拓殖銀行小樽支店に勤務していたということ。小林多喜二の人生については、丹沢大山の登山で匿われていた七沢温泉の福元館に泊まったり、今回は少年期から小樽商業高校、銀行員時代までを過ごしたのが小樽だったなど、偶然知ることばかりです。
 小樽では空っぽになった北前船にニシンを乗せて京都に運ぶ訳ですが、ニシン漁で儲けた人や小豆相場で儲けた人もいて銀行が結構あります(日本銀行の小樽支店があった)。そして、近くにはロシア(共産主義のソビエト)があり、彼のプロレタリアート文学もそういう環境から生まれたのかも知れませんね。

 もうひとつはニシンです。ニシンは漢字で「二身」、あるいは「鯡」と書きますが、理由は、半身を身欠きニシンとして干し京都へ(小樽では京都弁がたくさん使われている)、残りの半身と頭や内臓はニシン粕として関西地方の肥料に、数の子は食材にしたようで、身を二つにしたため「二身」。「鯡」の魚に非ずとは、当時の鯡は米の育たない北海道の収入源で、「捨てるところがなにもない価値のあるもの=魚に非ず」で「鯡」。

 ついでの観光でもいろいろと学ぶことがありますね。


 札幌から帰るANAの2014年1月のTV番組「Wのキセキ~創造の先に~第8話:QRコード」で、ペアシステムが紹介されていました。要約しますと、

 『デンソー社内から、物情一致の情報量が増え、物に複数のバーコードが貼られ読み取り工数が増えたため、改善の依頼が現場からあった(ニーズ)。読み取り機の改善でも現場のニーズには対応できるが、情報化時代に対応できるものにしたい(ミッションアナリシス)。デンソーウェーブの原昌宏さんが会社に提案し(自発性)2年の時間をもらう(タイムリミット:プロジェクトの終わりを決め)。原さんはハードは強いがソフトに弱いので、上司の紹介で豊田中央研究所の入社3年目の長屋 隆之さんを紹介された(お見合い方式によるペアシステム)。長屋さんは画像認識、AIの専門家(専門の違う人のペアシステム)。

新商品は世界の趨勢である2次元コードに決定(技術情報バンク)。
2次元コードの世界標準はない、なぜなら読み取りスピードがバーコードの20倍遅い。

原さんの課題:読み取りスピード
長屋さんの課題:あらゆる現場で読めるような読み取り補正機能

原さんは興味本位で使ったアルファー波測定器で景色を見るとき脳がアルファー波を多く出し、あるビルを見ていると特定の図形を認識すると全体の認識が早いと知る(無目的な遊びの効用)。
コードの位置などを認識する「唯一無二の図形」(QRコードの3隅にある小さな四角形)を創造しようと頭で考えたが無理。そこでそれを決めるために世界中の雑誌をスキャンし、そこにない図形を探索(その図形を創造するのでなく、ない図形を探したという逆転の発想)。
長屋さんは原さんの

「悩んだら手を動かすという発想に同調し、大学ノート数冊に補正関数を手計算」(ペアシステムの効果)

そして、2年で開発完了。デンソーウェーブの社外(豊田中央研究所)の人とのペアシステムの成功例。それぞれの会社の社員数などは知らないが、

「結局、二人のペアシステムが無を有にし、」

その後は、読み取り機を製造したり、応用したり、販売したり、メンテナンスしたりで数千人の雇用が生まれる。「日本版システム工学」の定石通りの新商品開発例。』

 -16℃の北海道スキーは、小樽でプロレタリアート文学を生みだしたニシンビジネスの歴史とQRコードの開発物語の2つを教えてくれました。

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