2017/11/02

【Eating-out】下関のふくと高杉晋作の功山寺挙兵

 失効しそうなJALのマイルとPASMOのポイントをプラスしたら「どこかにマイル」(6000マイル)を活用できたので、10月30日、31日と下関を訪ねることにしました。
 北九州空港から小倉、平家最後の壇ノ浦の下関、高杉晋作が挙兵した功山寺、そして萩の松下村塾までの小旅行でしたが、快晴にも恵まれ楽しい旅になりました。


 最初のランチは小倉で焼うどん。
 小倉の鳥町食堂街の食堂で、焼きそばを作ろうとしたら麺がなく、仕方なく乾麺のうどんを使いソースで味付けをしたのが焼うどんのルーツなのだそうです。焼うどんというと醤油で味付けしたものをイメージしてしまいますが、ルーツはソース味だったのですね。


 軽く小倉城を散策し、電車で関門海峡を通過し下関へ。


 下関の街は韓国と日本の玄関口になるためか、いたるところにハングル文字が溢れています(もし、朝鮮半島で難民が発生したら下関に押し寄せる可能性が高い)。そして、下関と言えば「ふく」(下関ではフグのことを「ふく」と呼ぶ)ということで、夕食はふく料理で有名な大衆居酒屋の「三枡」を訪れました。


 時価で4,500円のふく刺。
 下関ではフグは毒を取り除いた「身欠き」の状態で手に入るためふくをメニューにするお店が多い中、三枡は居酒屋部門で人気ナンバーワンのお店です。


 店内は昭和の雰囲気が溢れ、熟成させ丁寧に仕込まれた名物の「ふく刺」だけでなく、他の刺身も鯨料理も、牛すじ煮込みも鳥の唐揚げも、私たちの舌に合う味で、もし下関を訪れるならもう一度訪ねたい店となりました。


 翌日はレンタカーを借りて、関門海峡を訪れました。
 武士の時代を作ろうとし、貴族のように変質していった平家最後の地が壇ノ浦です。


 安徳天皇の入水の像もあったのですが、あまりにも情緒がない像だったので写真は撮りませんでした(笑)


 関門海峡ではボランティアのおばさんが「ふく物語」という紙芝居を演じていたので楽しく聞かせていただきました。ふくを食べることを禁じたのは豊臣秀吉で、朝鮮出兵の際に兵士が戦う前にふくの毒で死んでしまうので、それを防ぐためふくを食べたら死罪にするという法律を制定したそうです。
 その後、明治維新が終わり初代首相の伊藤博文が故郷山口県の下関の料亭を訪れた際、その日は海が荒れ新鮮な魚が獲れず、仕方なく豊臣秀吉以来禁じられているふくを料理に出すことになったそうです(庶民は隠れて食べていた)。それを食べた伊藤博文は美味しさに感動し、ふく禁止令が解除されたのです。
 紙芝居で学んだふく料理の歴史ですが、旅をするといろいろなことが学べて楽しいものです。


 功山寺の高杉晋作。
 もし、高杉晋作が功山寺で挙兵しなければ明治維新のスイッチが押されることはなく、徳川の時代はもっと長く続いたのかも知れませんね。「人は理屈では動かない」ということを高杉晋作は教えてくれます。



 高杉晋作はたったひとりでも挙兵するつもりだったようですが、80名が集まった功山寺の敷地が意外と広いで、高杉晋作としてはもっと集まると考えていたのかも知れません(笑)


 ついでなので萩の松下村塾まで訪れましたが、世田谷の松陰神社の松下村塾と同じでガッカリ(笑)。ルーツは萩なので当たり前ですが...


 写真は萩の海岸。
 山口県のガードレールがオレンジ色なのは、山口県の長門の海岸に果物の種が漂着し、それを植えて育てたら、できた果物が夏に出来る柑橘だったので「夏みかん」と名付け名物となり、すべてのガードレールが夏みかん色(オレンジ色)に塗られたようです。



 関門海峡からの夕日を眺め、小倉の寿司屋で九州名物のサバ刺しをいただき、この旅は終わりました。

 「どこかにマイル」は4つの候補地から1つだけ選ばれるのですが、今回は札幌、小松、熊本、北九州で、偶然北九州が選ばれたからこそ高杉晋作の心意気に触れれる「功山寺」にも訪れることができ、さらに三枡の「ふく(福)」とも出会うことができました。

1 件のコメント:

  1. 焼きうどん

    『ルーツはソース味だったのですね。』
    昭和の人間は日本で醸造したソースが大好きです。
    なのでこの事は本当でしょう。

    また、馬肉の揚げ立て串カツをたっぷりのソースパレットに入れて食するのは最高でしょう。




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