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2026/08/31

【Japan】千曲川ワインバレーと東御市

 8月29日(土)30日(日)と、移住体験宿泊が可能な東御市を訪れました。この地の駅は全国的に珍しい「田中駅」とのことで、苗字が田中なので記念撮影をしました。

2LDKの移住体験施設

 佐久市、小諸市、上田市も訪ねましたが、東御市だけが移住体験用の住居を貸し出すサービスを持っています。そこに一泊し、市役所の方に千曲川ワインバレーを案内してもらいました。

 千曲川ワインバレーは、エッセイスト玉村豊男氏が東御市に移住し、ワイナリーを開いたことからはじまっています。

 玉村氏は1991年、東部町(現・東御市)に移住し、ハーブや西洋野菜を栽培する農園「ヴィラデスト」をはじめます。1992年からワイン用ブドウの栽培に着手し、2003年に「ヴィラデスト ガーデンファーム アンド ワイナリー」を開業しました。2014年に日本ワイン農業研究所を設立、2015年からは「アルカンヴィーニュ」で栽培醸造経営講座「千曲川ワインアカデミー」を主宰しました。ここで学んだ人々が次々と就農し、現在の東御市周辺には十数軒のワイナリーが軒を連ねる産地となっています。



 玉村氏は今年8月9日、肝臓がんのため80歳で逝去されました。今回の訪問はその直後にあたります。東御市の自宅で10年にわたる闘病生活の末のことだったといいます。一人のエッセイストの移住が、一つのワイン産地を作りました。その事実は今も畑とワイナリーの中に残っています。

 浅間山側からの八ヶ岳、丸子、蓼科の眺望と、丸子側からの浅間山の眺望。さらに北にある北アルプスは、スイスを彷彿とさせる景観です。最初は賃貸から入り、最適な地を見つけたいと考えています。

 丸子が木曽義仲挙兵の地であるというのも、昼飯で入った蕎麦屋で知ったこの地の歴史です。


 同じ東御市内には、日本武尊を祀る白鳥神社もあります。義仲が兵を集め先勝祈願をし挙兵したこの神社は北国街道の宿駅として開設された「海野宿」の入口になります。

 もともとこの地に引き寄せられたのは、糸川英夫さんの終の棲家が丸子にあったことがきっかけです。糸川さんは1990、音楽ホール建設構想(信州国際音楽村)に関わった縁で丸子町に住居を構えました。参考:『無言館からじねんや糸川


 夏の過ごしやすさもあり、東御市はすっかりお気に入りの地になりました。日々の生活という意味で、安楽屋というスーパーの鮮魚が新鮮なのと、大好きなラム肉が手に入る白石精肉店も魅力的です。あとは厳寒の冬に、宿泊体験をしてみたいと考えています。


2026/07/04

【Japan】歴史の敗者を祀る「函館」


 6月29日(月)、30日(火)の2日間、初夏の函館を旅してきました。6月1日に漁が解禁となったスルメイカを食べに行くという単純な動機の旅でしたが、思いがけない発見がありました。函館は敗者を祀る街なのです。

 幕末最後の戦争である箱館戦争の終結後、旧幕府軍が去った函館に定着したのは、彼らを打ち負かした「薩長の本流」ではありませんでした。開拓使設置以降、官軍側の人間の多くも赴任は一時的なものにとどまり、街の基盤を築いたのは、全国から一攫千金を狙って集まった移民たちでした。函館の住民にとって、薩長の新政府とは「遠くからやってきて、また去っていった権力」に過ぎず、旧幕府側への記憶を排除する動機は、生活実感としては働かなかったのでしょう。函館を代表する五稜郭に据えられているのは、土方歳三の像です。


  函館は港町です。函館駅のすぐ裏は海なので、土産物屋の入口にはカモメがいます。


 さっそくホテルにチェックインし、夕方4時半頃に函館山を目指し歩きました。五稜郭と函館山の夜景、この2つが函館の観光のメインコースです。

八幡坂

横浜の赤レンガ倉庫そっくり

 長崎、横浜、函館と幕府が開港した港町はどこも坂の街です。坂の途中にロシアの領事館があるのが北海道らしい。ロシアの大学もあります。調べてみると、ロシア極東連邦総合大学(ロシア・ウラジオストク)は、ロシア極東地域を代表する最大規模の総合大学で、かつては北海道函館市に日本で唯一の分校となる「ロシア極東連邦総合大学函館校」が存在していましたが、ウクライナ侵略やそれに伴う入学者数の激減により、同校は2025年度から学生募集を停止しているとのことです。



 ロープウェイで函館山の展望台に到着し、日没を待ちます。その日の日没は7時10分、夜景は7時50分頃からが見頃とのことで、2時間以上ただひたすらに函館の街を眺める時間を過ごしました。以下は、着々と夕暮れに近づいていく様子を捉えたスナップショットです。















 あまりの寒さに7時50分を待ちきれず、7時半頃に撮った夜景が冒頭の1枚です。路面電車に乗り込み函館駅前付近に集まる海鮮居酒屋を目指します。

小ぶりのスルメイカ(不漁のようです)

水蛸刺し

小さなゲソ唐揚げ

生干しコマイ

塩辛で食べるじゃがバタ

ししゃもがメス(北海道人はオスを好むのに)

エビ刺し

いか焼き(焼きすぎで〜す)

縞ホッケでなく真ホッケ

 最後に食べた岩のりのおにぎりが750円なのは驚きました。確かに2人前ほどの大きなおにぎりですが、高すぎます。普通の居酒屋ですが、2人で14,000円ぐらいでした。外国人観光客が増加したためか総じて高いのです。日本人が旅をするなら観光地を避けて、小さな街を訪れた方が満足できるかもしれないですね。

津軽海峡を横断していた連絡船



 翌朝は朝市でまたもや海鮮三昧です。どの店も朝食にぴったりの同じような小丼ぶりが3,500円前後なので、迷いに迷って入ったお店で頼んだ海鮮丼です。

マグロ、ウニ、イクラ

マグロ、ウニ、タラバ

 お店のオーナーらしき人が、カウンター越しに話しかけてくれました。マグロは津軽海峡の対岸にある大間より、函館の方が安いとか、ご出身の八戸のカニは函館より遥かに安いとか、新幹線のおかげで近距離になった両市を比べるのです。そして、八戸の方が日本人にはいいのではないかとまで言うのです。朝市の飯屋のオヤジの発言だからこそ信憑性が高く、外国人化した観光地の姿を嘆いているとも言えます。

 早めの晩御飯でジンギスカンを食べようと思っていると話したら、「あれは札幌の名物で、函館の名物ではない」と言われ、ジンギスカンはやめようと思いつつ、次の観光地である五稜郭に路面電車で移動しました。






 五稜郭タワーに記された歴史にはちゃんと幕府側の責任者の名前もあるのですが、前述したように、函館の至るところにある土方歳三の写真が示す敗者の歴史を祀る函館市民の気持ちを聞いてみたくなりました。

新政府軍の軍艦「朝陽」に搭載されていた大砲

五稜郭の土塁いっぱいに咲いた西洋タンポポ

 結局、現在の日本は、この戦いの勝者である薩長側によって作られたものです。しかしそれは、欧米へのキャッチアップに徹した近代化(西洋化)だったため、いまだにその習慣が抜けきれていません。欧米にあるものはすべて正しく、欧米に追従すべきだという発想から、企業は模倣から脱却できずにいます。そのため、模倣からは有限の価値創造しかできず、独創による無限の価値創造には届かないのだとも言えます。

 敗者の歴史には、2027年の大河ドラマの主人公である小栗上野介もいます。ただし函館の土方歳三のように地域社会から自然に祀られ続けた敗者もいれば、小栗のように明治新政府によって「逆賊」の烙印を押され、長く歴史の表舞台から遠ざけられてから、ようやく光が当たる敗者もいます。小栗の未来構想は明治の父とも言われ、横須賀ドックは現在の日本の製造業のスタートラインとも言えます。2027年を境に、次の時代は、小栗がスタートさせた大量生産という製造業から、企画設計開発から価値創造するプロダクトイノベーションの時代になるに違いありません。そういう意味で、敗者の歴史は残すべきなのでしょう。