2008/10/06
【Japan】秋の城ヶ島ウォーキング
2008/09/16
【Japan】白山登山の演習で銚子ヶ峰へ
7/20日の登った大日ヶ岳(桧峠コースからの大日ヶ岳)に続いて、9/14日に故郷の山で銚子ヶ峰という1810mの山に登りました。今回はワイフも参加。そして、弟と弟の長男と、今回は小学生の次男も参加のトレッキングです。来年の白山に備えて次男の力試しでしたが、登り3時間半、下り2時間のコースで問題なく、白山の登り5時間、1泊し下り3時間半ぐらいなら何とかなりそうだと実感しました。天候によりますが、7月の3連休か、9月の3連休の土曜日に平瀬ルートで登る予定です。今年は金時山(金時山からの富士山NG)のときに富士山にも登ろうと考えていましたが、登山者も多そうですし、意外と自分の故郷に森林限界を超えたいい山が多いので、結局、白山登山の予行演習になりました。
紅葉の山は、関東、東北のどこかの山にあと1回か2回登れれば雪の季節になり、今年のトレッキングも終わります。
紅葉の山は、関東、東北のどこかの山にあと1回か2回登れれば雪の季節になり、今年のトレッキングも終わります。
2008/09/08
【France】ドイツとフランスが交るアルザスへ
また、アルザスは歴史的に面白い地域でドイツに占領されたり、フランスの領土になったりと、何度も国籍が変わるという経験をしています。一般的にはフランス語ですが、アルザス語(ドイツ語の方言)が話せる人もいて、コルマールから電車30分なのでスイスのバーゼル(国際的製薬会社の本社が集中)まで行き働く人も多いようです。「ヨーロッパの未来はドイツとフランスが共存することが第一」、アルザスはEC(欧州共同体)の象徴的な地域(アルザスから―ヨーロッパの文化を考える)なのです。ストラスブールを観光し、フランクフルトへ電車で戻り、ゲットー博物館やユダヤ博物館を訪問。イスラエル建国までのフランクフルトでのユダヤ人の歴史が陳列されていました(もちろんここにはNAKBAの資料はありません)。多くの小学生が先生から説明を受けていましたが、こういう地道な積み重ねも重要なことだと思います。日本の教育ではどうなのでしょうか?
2008/08/25
【Japan】讃岐うどんの本場へ
週末の金曜日に久しぶりに大阪出張になり、ついでに8/23日の土曜日に、讃岐にうどんを食べに行って来ました。大阪から岡山までは新幹線、岡山に一泊。レンタカーを借りて朝早くに瀬戸大橋を渡り香川へ。何年か前に一度訪問しているので、今回が2度目です。定番のなかむらうどんや山越うどんはもちろんのこと、今回ははじめて高松空港に近い池上製麺所にも訪問しました。大体の店は午前中で締まるので、はしごうどんは3件が限度です。一杯150円前後のうどん(以前は100円とか90円だった)で満腹になり、午後には高松空港から羽田まで戻りました。讃岐のうどんは本当においしいですが、ひとつの地域に集中して、同じようなレベルで、少しづつ違うものが集まると、全体のレベルが高まります。同じ小麦粉なのにこんなにコシがあり、艶やかな麺で、喉越しの良さは何なのでしょうか。イリコだしも昆布だしやカツオだしとも違い懐かしい味がしてたまりません。釜玉と生醤油も相性も抜群です。ワインのボルドーやブルゴーニュもそうですが、ハイテクベンチャーのシリコンバレー、本社機能が一極集中の東京、製造工場の愛知県、そして、アラビア語中級クラスの新宿。何でもひとつの地域に集中することでレベルが高くなるのですね。
2008/08/08
【Japan】閉店したタテルヨシノ芝店
#2015年に閉店したようです。
2008/07/25
【Japan】閉店した西麻布 KEIZOの美味しさ
#閉店したようです。
7/24日は取引先と会食で、2日連続でやフレンチです。西麻布四丁目のKEIZOという創作フレンチでは東京でもトップクラスではないかと思うレストランでの食事です。ここは午前2時まで営業しているので、銀座や六本木で働くシェフが仕事帰りに立ち寄るプロのためのフレンチレストランです。コースをすべていただき、その後に、フレンチのラーメン。夏は塩ラーメンフレンチ風で、冬はとんこつラーメンフレンチ風(少さな器です)という裏メニューがあります。ここのシェフは日本のタテル・ヨシノからブルゴーニュのレストランにいたそうです。今回は出ませんでしたが、ブルゴーニュのブレス鳥を食べることができます。おいしい料理とワインを求めて、また、ブルゴーニュに行きたいものです。
2008/07/22
【Japan】桧峠コースからの大日ヶ岳
2008/07/09
【USA】ハワイ島のマンタと満天の星空
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を読みたくなり、Amazonに挿絵付き童話を注文しました。 夜のマンタと満天の星空で感動の夏休み(その1)でした。
2008/06/20
【Japan】閉店した南青山のランベリー
2008/06/09
【Japan】知床五湖とキンキ
結婚記念日で6,7,8日と知床に行って来ました。一日目は網走からオシンコシンの滝、二日目は知床五湖のウォーキング、と言ってもガイド付きのゆっくりした散策。その後、羅臼へ。そして知床世界遺産クルージング。8日は午前中にプレペの滝の散策。小旅行でしたが知床を満喫しました。ウトロから知床峠を抜け羅臼へ抜ける道沿いで蝦夷鹿をたくさん見ました。また知床世界遺産クルーズでカムイワッカの滝の山肌にヒグマを発見しました。これだけ自然に鹿やヒグマが人間と共生していることも面白いことですが、知床の自然のサイクルが分かりやすく、小世界です。ロシアと中国の国境を流れるアムール川の水が冬になると凍り、オホーツク海で流氷として流れ着きます。流氷とともに豊富なプランクトンが知床に来て、魚が豊富で、アザラシや鳥が生息。そして鮭をヒグマが食べて、山で糞をすると、栄養豊富な糞は、山の植物を実らせます。ヒグマの堆肥で豊かな土壌の知床の植物は先週の尾瀬のミズバショウよりはるかに大きく、蕗の茎などは直径2cmぐらいあります。ヒグマが食物連鎖の頂点ですが、その排泄物が肥料になるとは、江戸の下肥商人がヒグマという訳です。北海道にいるヒグマ3000頭のうち、300頭が知床に生息するらしく、まるで日本における渋谷の交差点のような熊密度です。この自然の循環サイクルは環境客を呼び、ウトロの街は漁業と観光で成り立っています。泊まるホテルにレンタカーを横付けすると、60代と思われる人、40代と思われる人、20代と思われる人と、いろいろな世代で構成されたホテルの従業員が出迎えてくれます。自然と人が共生しているとは、人の仕事までを含んで、初めてバランスが取れているのではないかと思わせる光景です。最近、派遣労働の一般化からか蟹工船という小説がブームのようですが、環境が経済システムにビルトインすると、今までの2元的な考えとは次元が違って来るような気がします。
今回の旅のもうひとつの楽しみはキンキです。流氷が去ったオホーツク海はキンキの漁場です。網走でのランチは「花のれん」で釣りキンキの刺身、鮨、そして塩焼きを堪能。羅臼では「純の番屋」でキンキの煮付け定食とウニたっぷり。キンキは脂が乗っていて本当においしかったです。知床ですから、ホタテ、蟹、ウニはホテルの晩御飯でも食べれますが、キンキは別格の魚。長崎のクエと並んでうまい魚です。しかし、たくさん食べすぎでしばらくキンキはお休み。
ヒグマにソーセージを投げ与えると、ソーセージを食べたヒグマはそのおいしさを覚え、その匂いのする民家に近づき、そして人を襲う。そのヒグマは射殺せざるを得なくなる。無頓着な観光客がヒグマを殺人鬼にしたり、ヒグマの命を奪ったり。たった1本のソーセージが起こす悲劇。これをエシカルが制御するのか、リーガルが制御するのか。現在、知床は世界遺産に登録されてエシカルで制御されています。この地にはこんなことをリーガルで制御する時が来ないことを祈っていますが、環境サイクルと経済システムはいつかリーガルで制御することが必要な時代に(進化した資本主義?)なるのでしょうか。知床はそんなことも考えさせてくれるところでした。
2008/06/02
【Japan】5月でも雪があり、アイゼンが必要な三平峠
ところで、鳩待峠でも大清水でも売店で岩魚の塩焼きを売っていますが、お勧めは鳩待峠の岩魚です。岩魚のエラをちゃんと取り、焼きも長時間干物にするようにゆっくりと焼いていますから、頭から食べても、香ばしく柔らかくいただけます。養殖の岩魚のようですが、鱒化の魚は囲炉裏で干すように焼くのが一番おいしい。ちなみに、自分で干物を作る場合も魚のエラは生臭くなるので外します。
おかげで、先週のアラビア語の宿題をやっていません。
今晩か、明日のアラビア語教室が始まる前に何とか...
2008/05/19
【Japan】金時山からの富士山NG
5/17日は金太郎で有名な金時山にトレッキングに行きました。天気が良ければ富士山が一望できる頂上ですが、生憎の台風の影響で頂上について昼食中に雨。カッパを着込んで下山中に晴れ。と、富士山は一望できませんでした。直通の小田急箱根高速バスでの日帰りでしたが、温泉の露天風呂が大涌谷の濁り湯を引き込んでいて最高に気持ち良かったです。今年の夏は富士山登頂を計画していますが、その時こそは晴天の御来光でありますように。
2008/04/16
【Palestina】パレスチナの水問題とオスロー合意
最近、日本のODAがジェリコで農業プロジェクトをイスラエル、ヨルダン、パレスチナ、日本の4カ国プロジェクトとして行っているようですが、砂漠での農業はナバテヤ農法(6-4-7 展望台から)として古くからナバテヤ人の得意なものでした。ナバテヤ人はぺトラに住んでいたアラブ系の人のことですが、ナバテヤ農法の研究はイスラエルのベングリオン大学が進んでいます。ジェリコの農業プロジェクトには批判もあるようですが、農業のための水は井戸からか、ヨルダン川から、あるいはナバテア農法なのか、どのように給水しているのか、そこを自分の目で確認したいので、今年か来年にはジェリコに行きたいと思っています。
2008/04/15
【Japan】白金時代のカンテサンス
2008/04/07
【Jordan】NAKBAとドイツとネボ山
パレスチナ人はイスラエルが建国された1948年にパレスチナの地から追い出されたり、虐殺されたり、支配する側が支配する地に住む人たちに行う民族浄化が平然と行われました。それをパレスチナの人はNAKBA(大惨事)と呼んでいます。ドイツで起きた民族浄化のホロコーストと同じことが、1948年イスラエル建国により行われていたのです。映画の中で、パレスチナ人の人がNAKBA記念館(エルサレム郊外のホロコースト記念館と同じこと)の館長(と言っても民家の2階の小さな部屋が記念館)は、
「ホロコーストで殺された人は人で、NAKBAで殺された人は動物か」「WHY?」
と静かに語っていました。ホロコースト記念館でコーラを飲む若者を嘆くユダヤ人。NAKBAとホロコーストは同じとだとするイスラエル人とパレスチナ人の「ナクバ60」共同プロジェク。イスラエル側にもいろいろな人がいます。
しかし、民族浄化などということはいつから始まったのでしょうか?昨年の5月にヨルダンを旅しました。ぺトラの遺跡からキングスハイウェイを北上し、目的地のネボ山に行きました。ここからヨシュアはジェリコに進行し、カナンの地を自分たちのものにしたという「ヨシュア記」に出てくるネボ山です。このネボ山から眺める景色は、眼下に死海、その向こうにエルサレム、そして右にはヨルダン川と世界最古の街、ジェリコ。旧約聖書の歴史をそのまま眺めることができます。日本ではあまり読まれないというヨシュア記。民族浄化のルーツはNAKBAまで延々と繰り返されています。
今年の夏休みには、フランクフルトのゲットーの跡地を訪ねる予定です。
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