久しぶりの外食。Go To EATのポイントが残っているので、それが使える店ということで、神楽坂のラム肉専門のお店「ウルトラチョップ」に行ってきました。
西麻布は六本木に近い1丁目、新陳代謝の激しい4丁目、住宅街の3丁目、看板のない穴場の店が多い2丁目と、ある程度開拓をしたので、これからは東京のパリと呼ばれている神楽坂を開拓する予定です。
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グラスシャンパンはなく、並々注がれたスパークリングワインで乾杯!
久しぶりの外食。Go To EATのポイントが残っているので、それが使える店ということで、神楽坂のラム肉専門のお店「ウルトラチョップ」に行ってきました。
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8月3日に2回めのワクチンを打ちましたが、相変わらずコロナの変異株(デルタ株)は強力で、ブレークスルー感染も報告も多々あります。東京の第5波の感染ピークは少し収まったようですが、9月12日までの緊急事態宣言は30日まで延長になってしまいました。
今日は久しぶりに有給を取り、午前中に、都内では珍しい源泉掛け流しの「さやの湯」へ行ってきました。東池袋から荒川線のトランで新庚申塚(西巣鴨)までのチンチン電車の旅です。
三田線に乗り換え志村坂上駅で降りて、「さやの湯」に向かいます。
途中、大きな池のある見次公園を通り抜けます。へらぶな釣りのメッカのようで、たくさんの釣り人が糸を垂れていました。
いよいよ「さやの湯」に到着です。
すでに3回目ですが、源泉のお湯が強塩で、ここは死海に似ているのです。
死海は塩分が30%もありますから、身体も石も岩もアスファルトも浮きますが、にがりの主成分である塩化マグネシウムも多く含まれ、ミネラルたっぷりなので、死海に浮かんだその日はぐっすりと熟睡でき、翌日は爽快です。そこで、死海の塩を25kg単位で購入し、自宅の風呂でも活用していますが、たまには塩分濃度の濃い広い温泉を楽しみたいと今日のナノツアーに至ったのです。
6月20日に緊急事態宣言が解除されたので、昨日近所のビストロに食事に行きました。
ビストロというと気軽なフレンチというイメージですが、やはりフランス料理は敷居が高く、頻繁に訪れることはありません。一番よく通ったのは乃木坂のピエール(乃木坂 のビストロ、シェ・ピエールが閉店)ですが、オーナーのピエールさんが引退しブルターニューに帰ってしまったので、閉店になってしまいました。以来、行きつけのビストロはなく、数年前に南青山4丁目のフロリレージュ(南青山4丁目のフロリレージュ)、そして横浜の「俺のフレンチ」で食べたぐらいの記憶しかありません。
もちろん、ランチでたまに食べることはありますが、ディナーにワインを飲みながら食べるフレンス料理は文京区に引っ越してきてからはじめてで、訪問したビストロは「Don」です。
護国寺から歩いて数分なのですが、文京区の住宅街にある目立たないお店で、近所の人たちが家族連れやお持ち帰りで利用している感じの良いお店です。以下のように、コロナ禍で好立地で大きなフレンチ料理店の閉鎖は続いていますが(理由はコロナだけではないでしょうが...)、ここは家族経営のお店です。
護国寺から江戸川橋、そして神楽坂にはいくつかのフレンス料理店がありますが、まだまだ開拓中です。
さて、スペインのCavaとともに前菜の5点盛りと宮城産牡蠣のラタトゥーユ焼きを頼みました。
マスターからシャンパングラスに透明の飲み物を「これ何だと思いますか?」とサービスされました。
ひと口飲んでみたらトマトです。以前に南青山のランベリーでこれをシャーベットにしてオリーブオイルをかけた料理を味わったことがあります。
感動の味とは単においしいとかでなく、もう絶対に自分の手では作ることができない未知の味。あまりのおいしさに感動のあまりうなづくしかない味を指します。カンテサンスでは山羊乳のババロア。これには海水が掛けてあり、オリーブオイルとの組み合わせが絶品。ほんとうに生きてて良かったという味です。ランベリーではトマトのシャーベットがカンテサンスのババロアに匹敵します。たくさんのトマトを絞るのですが、力を加えない、つまり重力だけで絞ると、赤いトマトの身でなく、透明の水分だけが絞られます。これをシャーベットにして、エクストラバージンオイルを掛けて食べるのです。もう感動の味。言葉にならないおいしさです。 閉店した南青山のランベリー
メインの前に頼んだブルゴーニュワイン。ボジョレー地区に近いドメーヌなのでしょうか、チャーミナー味わいのブルゴーニュワインでした。
仏産鴨ムネ肉ローストのオレンジソース。フランス料理ではオレンジなどのジャムをソースに使う料理はありますが、鴨にオレンジは合いますね。
「茨木産ダチョウのタルタル」が気になっていますが、この段階でお腹がいっぱい。次回にダチョウがあれば注文してみたと思います。チーズはなかったので、デザートを頼みました。
フランス料理の気軽なディナーはたまには良いものです。
日本食とか、中華、イタリアンは自分でも作れる料理が多いですが、フランス料理は手がかかるので外食できる場所が近くにあるのはありがたく、家族連れや持ち帰りで賑わっていました。
コロナ疲れもたまには休息が必要ですね。
6月14日、15日と有給をとり田舎の母親を訪ねました。コロナが蔓延する前の2020年の1月1日(「何もできなかった50代と長良川鉄道」)以来なので1年半ぶりです。コロナ禍で移動が難しかったこともありますが、母親の特養施設は全員が2度めのワクチン接種も終わり、コロナの蔓延する東京からの訪問者も受け入れてくれました。
到着してすぐに3年ぶりの墓掃除と墓参り、その後、特養施設を訪れましたが、ガラス越しでの通話ができる電話のようなものでの会話は、ただでさえ聞き取りにくい母親の話がさらに聞き取りにくかったのですが、やはり対面で合うと感情も伝わってくるので、オンライン面談とは違います。
次回の訪問は正月を予定しています。
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今回の帰省では、美濃国(みのくに)郡上の歴史について、新しい発見がありました。
私の生まれ故郷の郡上市は飛騨と越前の境に位置した美濃国に属します。郡上が日本の歴史に登場するのは鎌倉時代からで、最初に郡上を支配したのは、関東武士である千葉氏の一族である東氏です。東氏は鎌倉幕府3代将軍の源実朝の近習で、藤原定家流派の和歌を学び文武両道を極めた武将で、承久の乱(後鳥羽上皇が鎌倉幕府の北条義時に対した兵を挙げて敗れた兵乱)で手柄を立て、山田庄(現在の郡上市大和町)を加領されました。
こんな田舎の土地をもらっても仕方ないのではないかと思いますが、京都からは岐阜経由のルートと越前経由のルートがあり、当時は人流が交わる地域だったのかも知れません。
東氏は和歌を詠むために、山田庄(郡上市大和町)の篠脇城の入り口に大きな庭園を造りました。地形を利用した簡素な庭ですが、今までその存在も知らず、今回はじめて訪れたのです。
古今伝授の里フィールドミュージアムなどもあり、和歌などに興味のある人は、自然の中でゆっくりと和歌を詠むことができる場所ではないでしょうか。
また郷土資料の図書館があったので入館してみたら、私が高校3年のときに書いた短編「越佐山」が掲載されている「郡上 第七冊 ’77/’78/’79」という郷土文化誌があり、43年ぶりの発見に驚きです。
その日は、東氏の庭園のすぐ近くできたマリオットホテル(フェアフィールド・バイ・マリオット・岐阜郡上)に宿をとりました。
マリオットというと、世界的なホテルチェーンで、私もBonvoy会員として海外旅行で泊まるイメージしか持ち合わせていなかったのですが、日本国内の道の駅に併設した「Fairfield」というサブブランドのホテルを運営しているようです。まさかまさかマリオットホテルが郡上にできるとは思いもよりませんでしたが、隣のやまと温泉やすらぎ館のお湯も良く、ゆっくりすることができました。
翌朝は、まずは「モーニングコーヒー」ということで国道156号線沿いの喫茶店に立ち寄りました。コーヒーとトースト、サラダ、ゆで卵にスイカのセットで400円。愛知や岐阜ならではの風習ですが、昭和の雰囲気満載の喫茶店で久しぶりにコーヒーを飲みました、というより朝食を食べました(笑)
大和町から八幡町に移動し、八幡城も訪れました。11代目の東氏が、前述の山田庄(郡上市大和町)から拠点を郡上市八幡町に移し、東氏の300年にもおよぶ長い統治から遠藤氏(戦国時代)、稲葉氏(戦国時代)、井上氏(江戸時代)、金森氏(宝暦の郡上一揆で罷免)、青山氏(江戸時代)と城主が変遷しました。
赤谷山城の戦いで東氏から遠藤氏に城主が移り、遠藤氏は織田信長に服従しました。ちなみに、高知の山内一豊の妻「千代」は初代遠藤盛数の娘です。
この八幡城は司馬遼太郎が「日本で最も美しい山城」(街道をゆく)と表したように、こじんまりした山城にも関わらず、自然の景色と溶け込んでいて、何度訪れても四季折々の美しさが楽しめます。
郡上八幡を離れ、美濃国の武将である竹中半兵衛の生まれ故郷(垂井町)に向かいます。
織田信長が殺害を命じた黒田官兵衛の長男である松寿丸(黒田長政)を竹中半兵衛が匿った五明稲荷神社。半兵衛の死後、黒田官兵衛が荒木村重の有岡城から開放された後に、信長の疑いが晴れ、松寿丸は開放されました。
そのときに植えたイチョウの木は大きく育ちましたが、枯れたため切られてしまいました。しかし、写真にあるように根から新しく枝が生まれています。
今回は、母親を訪ねるだけでなく、美濃国の歴史を鎌倉時代の東氏から戦国時代の遠藤氏、そして西濃垂井の竹中半兵衛を巡ってみました。私の場合、戦国時代なら竹中半兵衛、幕末なら小栗上野介が好きな人物なのですが、彼らの「生きざま」は、清々しく無欲で親近感が湧きます。